虫から考える近代化(2)

2017-05-07

前回、斑点米カメムシが害虫となった経緯を見てきました。
米が大量生産できるようになった結果、生産者、消費者ともに高品質志向になったことが、害虫となった大きな原因でした。
今回は松くい虫です。
どのように問題となり、どのように解決へとアプローチしていったのか見ていきます。

〇事例その二 松くい虫
  
松枯れ問題が最初に報告されたのは1905年〜06年での長崎でした。
当時は多種の甲虫の幼虫が松の樹皮の下に入って幹を食うのが松枯れの原因とされ、これらを松くい虫と総称していました。
松が何らかの原因で弱ると、普段は虫の侵入を妨げている松脂の分泌が止まるので、虫の食害が可能になります。
したがって、あくまで虫食いは松枯れの過程の一部であって、当時において原因は他にもあると判断されていました。
またそのころ、松枯れは散発的なもので、大きい社会問題にはなりませんでした。

社会問題として顕在化したのは1960年代でした。
九州地方で始まった松枯れは中国、四国、近畿地方へと伝染病の如く北上し始めました。
松枯れの原因を探る研究が全国の林業試験場で盛んにおこなわれるようになり、数年後松枯れを引き起こす要因である「マツノザイセンチュウ」と、これを媒介する「マツノマダラカミキリ」の関係が明らかになりました。
この後、松枯れは害虫問題であるとの認識が広がり、各林業試験場での松の研究は中断されました。
  
〇事例その三 松くい虫改め、マツノザイセンチュウ
   
マツノザイセンチュウは体長一ミリ程度の線虫です。
これが松に入ると大量に増えて仮導管に詰まり、根から水を吸い上げることができなくなって松は急速に枯れます。
これによって松脂の分泌も止まります。
マツノザイセンチュウの移動能力は無いがマツノマダラカミキリを媒介主にすることによって、その欠点をカバーしています。
このカミキリは長さ3cm程の灰褐色の甲虫で、雌が松の幹に卵を産み、孵化した幼虫は幹を食べ、蛹になり、そこから成虫が羽化します。
しかし、松が健康で松脂が分泌されるような状態では幼虫が良く育たないので、マツノザイセンチュウが寄生した木が必要なのです。
こうした共生関係が松枯れを広げます。
   
1900年代に北米から輸入された松材からマツノザイセンチュウは日本に侵入しました。
松枯れが社会問題として顕在化するまで60年程の潜伏期間があります。
なぜその期間は問題にならなかったのでしょうか。
それは1960年代に、日本の燃料の事情が大きく変わったからだと考えられます。
以前は家庭の燃料は薪と炭でした。
海岸地方では薪の焚き付け用に松の枯れ枝や松葉がよく集められ、林床は砂が露出した状態でした。
それが60年代になると家庭の燃料は灯油やプロパンガスに変わりました。
これにより松林の林床には松葉や枯れ枝が堆積するようになりました。
   
松はやせた土地に自生する植物です。
そして菌根菌と共生関係を結ぶことで、そういった環境下で成長していきます。
ところが松葉が林床に堆積するとバクテリアや一般の糸状菌が増加し、そのために菌根菌は死んでしまいます。
その結果松の栄養状態は悪化して弱まり、マツノザイセンチュウに侵されやすくなって、松枯れに至ります。
つまり、原因は生活水準の向上にあったのでした。

・問題へのアプローチ

松の木が弱るという前提条件がなければ、松はこれらの虫の被害を受けることはありません。
対策の一つとして混合林化が挙げられます。
松枯れが流行している状況で被害の少なかった松林は混合林でした。
現在試験地で混合林の耐久性について研究されているが、始まって10年という研究機関の短さゆえにまだ結果は出ていません。
しかし、養分を松以外の木が消費し、風に強い松がそれらの木の成長を風から守る、といった共生関係が期待されています。

これらの問題は全て都市側の要求により発生しているように思われます。
都市という大規模な消費機構が、似通った欲求を抱くことで、米のように高品質の過剰で大量な需要をもたらし、もしくは松のように放置され、荒廃を引き起こします。
しかし、技術の導入や、研究によって害虫とされてきた虫達と共生していく道も開かれています。

ある変化に焦点を絞ることで論文のテーマがはっきりとしてくるかもしれませんね。

参考文献
マツノマダラカミキリの生活史と幼虫の餌資源の特性 (2002)富樫一巳
昆虫と害虫(2013)小山重郎 築地書館

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