都市計画を卒論で扱うには?~①背景

2018-07-26

今回は卒論で都市計画をテーマにするときの書き方をご紹介します。

都市計画の中にも地域や目的によって様々なものがありますが、今回取り上げるのは東京の郊外の都市開発の事例です。

例えば、横浜市では横浜駅や渋谷駅、品川駅などのターミナル駅から鉄道が伸びており、それに沿って街が開発されています。

この点に注目し、自治体と民間企業の連携を題材にした卒論の書き方について検討してみます。

 

背景

横浜市は市町村として全国でも最大規模の人口を誇り、およそ370万人以上の人々が生活しています。横浜市がこれほどの規模を持った都市となった要因は一体何なのでしょうか。

日本の中に点在する他の大規模な都市と比較したとき、横浜市に固有の特徴は大都市「東京」のベッドタウンとしての役割を果たしている点です。例えば大阪市は関西圏の、名古屋市は中京圏の中核都市であるのに対し、横浜市は首都圏の一都市として位置付けられます。それを象徴的に表しているのが東急線や京急線などの鉄道路線です。横浜市は東京近郊の都市ということで複数の方向性を持つ鉄道網が発達しています。

そうした路線は、大きく三つに分けることができます。一つは横浜駅に人を運ぶための路線(ブルーラインや根岸線)、もう一つは都心方面に人を運ぶための路線(東急田園都市線など)、そして三つ目は横浜駅と都心を直接結ぶ路線(東海道線、東横線、京急本線など)です。

その中でも都市開発の観点から注目を集めるのが、東急田園都市線です。田園都市線は戦後になって作られた東急の中では比較的新しい路線です。現在の田園都市線は渋谷と中央林間を結び、郊外の住宅地に住む人々を都心へと運ぶ役割を果たしています。

地形図の変遷を見ると、田園都市線の建設の前後で町の様子が一変していることがわかります。そもそも、鉄道ができる前には街が存在していなかったというケースもあります。

かつても国道は建設されていましたが、それはその土地の人々のためではなく、大規模な都市間を結ぶためのものでした。昭和40年代に田園都市線が開通し、それに伴い、住宅街の開発が進み、計画的な団地の建設が行われました。その後、段階的な住宅地の拡大が進展し、同時に道路網も整備されることで郊外型団地群と呼ぶにふさわしい町となりました。

 

街づくりの計画

田園都市線の建設は、E.ハワードという人物が提唱した田園都市構想に基づいていました。新規に建設された神奈川県の区間のうち比較的西部にあたる地域は、横浜市の内で横浜の都心からは最も遠く、交通が不便な地域となっていました。それが、新しい鉄道網の新設によって一挙に東京都心に直結されることになりました。

当時のニュータウン開発で用いられていた区画整理という手法は、土地の交換配分を行って区画を整理し、街路を整備するという合理的な仕組みでした。しかしその反面、この事業者主体で行われるこの手法には欠点もありました。それは、学校や下水処理場の建設、消防署の設置などの生活に欠かせないインフラ整備が自治体側に丸投げされるという問題でした。

しかも、田園都市線の敷設が予定されている地域は横浜市の中心部からはほど遠く、ほとんどが東京都心に通勤、通学する人々に向けたものであったため、従来の横浜市民から集めた税金で田園都市線沿線のインフラを整備することへの不満もあったようです。

そこで、横浜市は東急に対して学校用地等のインフラ整備に必要な土地を横浜市に提供するように申し出ました。それを東急が受け入れて小中学校をはじめとする生活に必要となる施設の一部を東急側が負担することとなりました。

この決定は当時のニュータウン建設の中では新しいもので、自治体と開発者がパートナーシップを組んで町の創成に取り組む先例となりました。

 

おわりに

以上では横浜市での田園都市線の建設を中心に、都市計画における自治体と民間企業の連携について扱ってきました。

このような計画の初期段階の協力を経て、どのようにして現在のような街が形成されたかについて、次回の記事で取り上げます。

 

おすすめ参考文献

田村明、1983年『都市ヨコハマをつくる−実践的まちづくり手法−』中央公論新社

東秀紀・橘裕子・風見正三・村上暁信、2001年『「明日の田園都市」への誘い_ハワードの構想に発したその歴史と未来』彰国社

E.ハワード(著)・山形浩生(訳)、2016年『新訳 明日の田園都市』鹿島出版会

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