【卒論題材】北条泰時で卒論は書ける?

2018-04-27

こんにちは。卒論代行レポラボです。本日は歴史系の題材として北条泰時をとりあげます。ある人物をテーマに卒論を書くときの書き出しの見本やちょっとしたコツをお伝えします。

☆書き出しの見本
 北条泰時は、鎌倉時代に執権として幕府政治を掌握した人物であり、御成敗式目の制定をはじめとする様々な政治改革で知られている。彼がそうした施策を打ち出すことができた背景には、当時の社会で北条氏がもっていた権力、および承久の乱後の社会状況があった。本論で中心的に論じたいのはそうした時代背景と、北条泰時によって構築された政治体制との関連である。
北条泰時が執権として政治を司ることができた理由の一つとして、彼が父義時と伯母政子によって敷かれたレールに乗ったということが挙げられる。鎌倉幕府は三代将軍実朝亡き後、京都より僅か二才の摂家将軍藤原頼経を迎えたが、頼経が幼少であったため将軍宣下はされず、頼朝の妻であり前将軍の母である政子が、頼経の後見役として鎌倉殿の役割を担うこととなった。しかしながら、実質的に政務を執り行なったのは政子を補佐した弟の義時であり、このとき義時の嫡子である泰時は御家人を統制する侍所の別当に、泰時の異母弟重時は将軍の儀式を掌る小侍所の別当に任じられている。こうした状況の中で、北条一門に権力が集中する体制が構築されつつあった。その結果、承久の乱によって反北条氏勢力を一掃できたことも相まって、この乱の戦後処置として没収した京方の貴族・武士達の所領三千余箇所と、多くの西国守護職を北条氏に与した東国御家人達に恩賞として付与することに成功した。

ワンポイントアドバイス
人物を卒論の題材にする際は、どんな人物か、また、歴史的な位置づけや成功ないし失敗の要因を書き出しで示すと、読み手(指導教官)に意図が伝わりやすくなります。また、指導教官だけでなく卒論審査の際に、他のゼミや研究室の先生にもぱっと読んでわかりやすく、評価を得られやすくなります。
今回取り上げた北条泰時の場合、権力基盤や権力の掌握過程をおさえることで、その後の執権就任、執権としての施策を論じやすくなります。

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